主に芥川賞受賞作のあらすじと感想を書いていくブログ(仮)

芥川賞受賞作や候補作のあらすじ(ネタバレあり)と感想を書いていくブログです。でも他の事を書くことがあるかもしれません。感想の部分は独断と偏見に満ちています。気分を悪くされる方がいらっしゃるかもしれませんので、お読みする際は十分ご注意ください。

タグ:男性作家

あらすじ
※ネタバレ注意

主人公は27歳、タクシードライバー。
彼は自販機の前でたむろする不良たちのもとに、煙草を投げつける。
当然、不良たちは怒り狂い、主人公をぼこぼこにする。
激痛に苛まれながら、主人公はその感覚を悪くないと思っていた。
何かに到達できるというような、奇妙な確信があった。
しかしその何かに到達するよりも前に、彼は気を失ってしまう。

家に帰ると白湯子が待っていた。
白湯子は前の会社の同僚だ。今は同棲している。
彼女は彼の腫れあがった顔を見て、声をかける。
「喧嘩でもしたの?」
白湯子は不感症だった。
医者は昔の死産が原因ではないかと言った。
一方的なセックスが終わった後、彼女は昔の男の話をした。
「あなたを見てると時々気味が悪くなるわ」
男の話の後、彼女はそう言った。
翌日、眠りながらうなされていたことを彼女から知った。

主人公は孤児だった。
一週間前、育った施設から父親が生きているという連絡を受け取った。
同時に母親が死んでいたということも知らされた。
二人の親がいなくなった後、彼は遠い親戚の家へと引き取られた。
そこで彼は執拗な虐待を受ける。
殴られ、蹴られ続ける毎日。
親が私を捨てることがなければ、あのような目に遭わずに済んだかもしれない。
そう言う思いはあったが、20年経つ内にその思いも薄れてしまった。
今、私は生きている。
父親のことも、母親のことも今となってはどうでもよかった。

仕事から家に帰ると、白湯子がドアの前に倒れていた。
ひどく酔っているようだった。
白湯子は話し始めた。
「父親も、私を身ごもらせた男も碌な男じゃなかった。でもそれは私にお似合いなのかもしれない。不感症になったのも、何かの戒めなんじゃないかと思う。母親が死んでから何もする気が起きなくなったわ、死ぬ気すらもね。私、このまま自分がダメになって行くんじゃないかって思うわ。怖いのよ、なんて言った言いかわかんないんだけど、とにかく嫌になるのよ。」

コーヒーの缶をマンションの窓から落とす。
それは主人公の癖だった。
落とされた缶は、すでに地面にたたきつけられることを宿命づけられている。
何が起ころうと、その事実は変わることはない。
手から離れ、地面に打ち付けられるまでの僅かな間、缶は一体何を思うのだろうか。
今私は絶対的な神であり、缶はただその采配に従うしかない。
私があの家に預けられている時もそうだった。
彼らは拳を振り上げ、それを私に向かって降り下ろす。
私はそれを止めることはできない。
私はただ嬲られ、血を流すしかない。
そこに逃げ場はなかった。
私はただ休息を求めていた。脱出するなどという発想は恐怖により失われてしまっていた。
あのときの記憶は脳に明確に刻印され、決して忘れることはできない。

白湯子が怪我をした。彼女が入院している病院へ行く主人公。
「階段から落ちたのは2回目。妊婦のとき、後ろから押されたのよ、些細なことで怒った子供の父親から押されたの。すごく、怖かったわ」
肩を震わせながら彼女は言った。
「何か持ってきて欲しいものはあるか?」
「そうね、本とか。ここにいると退屈で死にそうなのよ」
「俺が持ってるのは暗い奴ばかりだぞ」
「なんでそんなの読むの」
「まあ、何か救われる気がするんだ。色々考え込んだり、世界とやっていくのを難しく思ってるのが、自分だけじゃないって分かるだけでも」
「何かよくわかんないけど、もってきて」
彼は家に戻り、彼女が隠していたウイスキーを飲んだ。
彼女の入院費を賄う金が必要だった。

主人公は孤児院へと向かった。
私を育ててくれた、感謝してもしきれない施設だ。
施設長のヤマネさんは快く彼を招き入れてくれた。
「頼みたいこととは何だ?」ヤマネさんは優しくそう言った。
「金が・・・必要なんです」
「わかった、心配するな。もううなされることはないか?」
「はい、大丈夫です。」
「ここに来たときの君はかなり重症だった。覚えているか?」
「はい」
「肉体的にというより、精神的にね。回復は難しいだろうと医者は言ったよ」
昔の事を思い出す主人公。
彼は土の中にいた。
虐待の末、彼は埋められたのだ。
薄れ行く意識の中、彼は悪くないと思った。
世界が優しかった。
しかし、心の奥で騒ぐものがあった。
納得できない。
彼にはまだ考えなければならないことがあった。
最後の力を振り絞り、土の外へ出た。
山の中だった。
主人公は体を引きづりながら、やっとのことで歩いた。
野犬が2匹現れた。
力など残っていなかったが、湧き上がる衝動に任せて木の枝を振るい、野犬を追い払った。
いくつもの傾斜を越え、いくつもの水たまりを飲み、いくつもの木々の間を抜けた。
太陽が昇っていた。
その暖かな光の中で、主人公は意識を失った。
やがて彼は散策に来ていた夫婦に見つけられ、施設に預けられた。
警察が来て、彼を虐待していた者たちは逮捕されたことを知った。

タクシーの仕事に精を出す主人公。
乗ってきた客は強盗だった。
金を奪われ、喉元にナイフを突き付けられる主人公。
「こいつ殺すか?」
強盗の内の一人が言った。
人気のない駐車場に下ろされ、首を締めあげらる。
薄れ行く意識の中、一つの意志のようなものが力強く湧き上がった。
「もううんざりだ」
私は頭の中で呟いた。
こんなことの繰り返しはもういらない。
恐怖など、感じるな。
屈服する必要などはない。
私はポケットにボールペンが入っていることを思い出し、それを強盗の太ももに思い切り突き刺した。
男がのたうち回っている隙に、私は車に乗り、急発進させた。
スピードを上げながら、虐待時の映像を思い出す主人公。
私が望んでいたのは、克服だったのではないか。
自分に根付いていた恐怖を克服するために、恐怖をつくり出してそれを乗り越えようとした私なりの抵抗だったのではないだろうか。
私は恐怖を乗り越え、ガードレールに衝突した。
そのとき、私は何か柔らかなものに体が包まれるのを感じた。

目が覚めると、私は病院のベッドに居た。
白湯子が入ってきた。
「二人してこの病院なんて、迷惑な話だよね」
彼女は笑ってそう言った。
「どうしてこんなことするのよ」
彼女の目は厳しかった。
「わからない。ただ・・・優しいような気がしたんだ。世界は優しいんだ、その時には」
「意味がわからないわよ。」
「何だが泣きたくなってくるよ」
「泣けばいいじゃない。ここには私しかいないんだから」

池袋でヤマネさんに会った。
父親が私に会いたがっていると彼は言った。
「実はな、今から用意してある店に、君の父親が来ることになってるんだ。事前に言えば君は来ないかもしれないと思ってな。向こうがどうしてもと言うんだ。私が同席するから、会ってみてはどうか」
「ヤマネさん、僕はあなたに感謝しきれない程感謝しています。どんなことがあってもあなたとのことは忘れませんよ」
主人公は彼に会う気はなかった。主人公はヤマネさんに頭を下げ、元来た道を戻ろうとする。
「やはり一度あった方がいいんじゃないか?言いたいことがあるはずだろう。親が君を手放すことがなければ、君には違う人生があったはずだ。」
主人公はヤマネさんに再び顔を向けた。
「僕は土の中で生まれたんですよ」
「え?」
「だから親はいません。今の僕には、もう、関係がないんです。」
そう言うと主人公は人ゴミの中に向かって歩き出した。
ヤマネさんはそれ以上呼びかけてこなかった。
どこまで進んでも人の流れは絶えなかった。
もう少し生活が落ち着いたら白湯子と小さな旅行をすることになっている。
彼女の子供の墓参りをしようと思った。

感想

虐待を受けた主人公の記憶が執拗に描かれる作品。
その筆力は驚嘆に値する。
しつこく、執着的に虐待時の記憶や主人公の意識が描かれる。
何かに到達しようとする意志を文章から感じ取ることができる。
中村氏独特の重厚感があって、迫り来るような文章が作品に重みを与えている。
私が心に残ったのは、以下の主人公のセリフだ。
入院中の同棲相手から「退屈だから何か本を持ってきて」と彼は頼みごとをされる。
それに対して彼はこう返す。
「俺が持ってるのは暗いやつばかりだぞ」
「どうしてそんなの読むの」
「まあ、なんというか、救われる気がするんだよ。色々考えたり、世界とやっていくのを難しく思ってるのが、自分だけじゃないってわかるだけでも。」
まさに私が本を読む目的を言い表わしてくれているような気がした。
おそらくこれは中村氏の本音を言い表わした部分ではないかと思う。
同じ思いを持っていることに少し親近感を感じた。

彼の重厚な文章の積み重ねは、鬼気迫るような迫力があった。
現代においてこのような重みのある文章を書く書き手は稀有ではないかと思う。
私小説作家の西村賢太氏もまた重みのある文章を書くが、彼の場合は現在では使われないような漢字や語彙を使うと言ったタイプの重みで、中村氏の文章とはまたタイプが違う。
中村氏の書く文章は難解な漢字も語彙もないが、そこには着実で連続した文章の積み重ねがあり、登場人物の感情や思考の流れをまるで眼前で見ているかのように読者に伝わらせる。
人間の内面を執拗に描くやり方は、今の時代において、貴重ではないかと思う。
きっと私たちが到達できない何かを、彼は今後描いてくれるだろう。

あらすじ
※ネタバレ注意

主人公は香水やバスソープを扱う会社で広報兼営業として働く男。作中で明言されているわけではないが、おそらく20代。
彼は日比谷線の車内の中であることをやらかしてしまった。
何らかのトラブルで停車したままの車内、彼は車外の広告をぼーっと見ていた。
その広告は臓器提供の広告。
その広告にはこう書かれている。「死んでからも生き続けるものがあります。それはあなたの意思です」
それを見て主人公は後ろにいる先輩社員の近藤に話しかかる。
「あれ見てくださいよ、なんかぞっとしません?」
しかし主人公は忘れていた、近藤がすでに六本木駅で降りていたことを。
振り向いて話しかけてしまったのは、一人の見知らぬ女だった。
女はきょとんとした顔をしていた。
車内の乗客が一斉に主人公を見て、失笑が起ころうとした時、その女性が
「ほんとねえ、ぞっとする。ちょっと怖いっていうか、不気味な感じよね」
と主人公の問いに答える。
乗客は二人が知り合いなのだと認識し、各々の時間に戻った。

改札を抜け、地下通路を歩く主人公。
後ろを振り返ったが、すでに女の姿はなかった。
日比谷公園のベンチに腰掛け、コーヒーを舐める主人公。
彼はここから見る景色が好きだった。

ある日、いつものように日比谷公園で休憩していた時、あの女が現れた。
日比谷線の車内で話しかけてしまった女だ。
彼は彼女の下に走り寄る。
「こんにちは」
先に話しかけてきたのは女だった。
「こんにちは」遅れて返事をする主人公。
こうして男と女の交流が始まった。

彼と女は日比谷公園で会うたびに会話を交わした。
その間にも主人公の生活は続いていく。
地元から観光に来ている母親。
別居中の宇田川夫妻。
昔好きだった同級生が、子供を産んだこと。

ある日、女はある写真展に行きたいと行った。
公園で待ち合わせて、その写真展に行く二人。
そこに並べられていた写真は女が生まれた故郷の写真だった。
帰り際、女は「私、決めた」と晴れやかな声で告げ、地上への階段を駆け上がる。
主人公も後を追い、地上へ出る。
女の姿はすでに遠くにあり、主人公は女の姿を見届ける。
彼は、女につられ、自分までもが何かを決めた心境になっていた。

感想

都会に生きる20代社会人男性の心象を淡々と、そして爽やかに描いた作品。
ストーリーらしいストーリーが存在せず、あらすじを書くのに苦労した。
捉えどころのない作品で、これが純文学だと言ってしまえばそれまでなのだが、なんだが全体的にふわふわしていて、読んでいてよくわからない心境になった。
単なる事象や客観的な事実の積み重ねで、純文学のお手本と言われればその通りなのだが、主人公に親近感や共感を感じることができなかった。
感情移入と言うものができなかった。
なぜ感情移入ができなかったか、考えてみた。
それはは主人公に悩みがないからではないだろうか、と思った。
ほとんどの人が抱えるであろう悩みもしくは心の闇というものが描かれてないから、読んでいて退屈な印象を受けるのかもしれない。
人間の泥臭い所。怒りや悲しみ、悔しさや喜び。
人間が何を考え、何を思い、何を感じるか。
そういった人間としての根源の部分がこの作品にはない。
ただただ男性が見ている景色や生活が描かれ続ける。それだけだ。
しかしそれが同時にこの作品の爽やかさや清潔感のようなもを生み出しているのだとも思う。
長所が短所であり、短所が長所であるというあれだ。

小説を読む目的は様々であると思うが、私の場合は主人公に共感し、孤独を紛らわすためだ。
この主人公には距離を感じたし、じゃあ何か伝えたい重要なテーマがこの小説にあったかと言うと、私にはいまいちわからなかったし、そしてそれが描かれているかと言うと、そうとは思えなかった。
ただ都会に生きる青年の日常を描いた、それ以上でも以下でもないような気がした。
小説としてのうまさはピカイチではあるが、何か小説として大切なことが抜け落ちてしまっているような、そんな印象を受けた。

繰り返すが小説としての質はかなり高い。
特にラストシーンの描写は素晴らしい。
読み終わった後、泣きたくなるような、走り出したくなるような、そして同時に自分の無力さを思い知らされるような、素晴らしい読後感だった。
一瞬少し古臭いバブル期のドラマの印象を与えるが、そこに残るのはわざとらしくない爽快感だ。
この最後の描写を読むためだけでも、この作品は読む価値があるかもしれない。そう思わせるほど力のある描写だった
この作品はショートムービーとして撮影すれば、かなり面白いものになるのではないかと思った。

あらすじ
※ネタバレ注意

主人公の〈僕〉は鼠と呼ばれる男とバーのカウンターで会話をする。
「金持ちなんて糞さ」と鼠。
鼠との出会いは〈僕〉が大学に入った頃。
ひどく酔っ払っていたせいか、どのような経緯で彼と出会ったかについては記憶がない。
二人が乗っていたフィアット600は公園の石柱にスピードを落とすことなくぶつかる。
奇跡的に怪我はなった。
「俺たちはついてる。チームを組もう。きっと何もかもうまくいくさ」
フィアットの屋根の上で鼠はそう言った。
「いいね、手始めに何をする?」
「ビールを飲もう」
こうして鼠との物語が始まった。

〈僕〉は大学の夏休みに故郷に帰省していた。
鼠とバーでビールを飲むことで物憂く日々は過ぎて行く。
ある日、僕は左手に指が4本しかない女の子と出会った。
行きつけのバーの洗面所で酔っ払って倒れていた彼女を介抱してあげたのだ。
「あなた・・・誰?」
彼女は眼を覚ますとそう言った。
ここは彼女の家のベットの中だ。
〈僕〉は眠ったまま起きない彼女を家まで送り届け、一晩中看病していたのだ。
「説明すると長くなる」
これまでのいきさつを説明する主人公。
「仕事に行かなくちゃ」と女。
<僕>は彼女を近くの港まで送り届けた。
帰り際、女は千円札をバックミラーにねじ込み、去って行った。

鼠と左手に指が4本しかない女との日々が物憂く、気だるげに過ぎて行く。
<僕>はバーでビールを飲み、町をドライブし、過ぎし日々を回想する。
やがて東京に帰らなければならない日がやってくる。
鼠、女と別れをつげ、僕の物語はほろ苦く終わりを告げる。
あらゆるものは通りすぎる。誰にもそれを捉えることはできない。
僕たちはそんな風にして生きている。

感想

おしゃれさを体現したかのような作品。
彼のこの軽妙でキャッチーなタッチは、神の細分によるものとしか言いようがないだろう。
しかし同時にそのキャッチ―な感じがこの作品の弱点でもあり、鼻に付く感じは否めない。
若者には広く受容されるだろうが、近代文学が好きな古風な人間には好かれないだろうと思った。
たとえば私の好きな西村賢太は村上春樹の作品を全く好まないだろうと思う。

純文学ではあるが、限りなくライトノベルに近いような印象を受ける。
全編が軽く、ふわふわしていて、捉えどころのない感じ。
主人公の<僕>の故郷の港町での様子が、淡々と、軽妙に描かれる。
大きな波も存在せず、文体も軽いので、読もうと思えば(退屈ではあるが)さらっと読める。
純文学特有の退屈さとライトノベル特有の軽さを併せ持った作品。

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