あらすじ
※ネタバレ注意

主人公は及川。女性。
彼女は五反田に来ていた。
ある目的のためだ。
合鍵を使い、マンションの一室に侵入する。
そこで出会ったのは一人の幽霊。
彼の名は太っちゃん。
太っちゃんとは新卒で入って会社の同期だ。
ここから彼との出会いにさかのぼる。
及川が新卒で入った会社は住宅設備機器販売会社。
そこで同期で入ってきたのが太っちゃんだ。
太っちゃんは名は体をあらわすがごとく、恰幅の良い男性だった。
太っちゃんと及川はまず福岡に配属される。
同期入社の及川と太っちゃんは、同期同士ということで絆を深めて行く。
クレームに振り回されたときも、トラブルが発生した時も、いつも太っちゃんはそばにいた。
なれない土地ということもあり、不安が尽きなかったが、彼と死線を潜り抜けたり、福岡の町を練り歩いたりすることで、毎日は大変ながらも楽しいものになった。
恋愛対象ではないが、それでも彼といることは楽しく、絆は深まっていく。
やがて太っちゃんは先輩の井口と結婚し、子供にも恵まれる。
月日がたち、及川は埼玉への転勤を命じられる。
福岡を離れるのはさびしかった。
また何年後か、太っちゃんも東京への転勤が命じられた。
東京の地で二人は飲みに行くことになり、太っちゃんがある話題を持ちかける。
「お前、死んだあとパソコンのハードディスクどうする?」
パソコンのハードディスクには人に見られたくない情報がわんさか入っている。
彼はそれを心配したのだ。
そして二人はある約束を交わす。
もしどちらかが先に死んだら、生きている方が死んだ方のハードディスクを壊しにいくと。
そして二人はお互いの家の合鍵を交換し合う。

太っちゃんの死は突然だった。
ビルの屋上から身投げした人間に下敷きにされたのだ。
即死だった。
彼の死を聞いて、及川は涙を流す。
しかし彼女にはやることがあった。
及川は営業の途中、五反田に行き、単身赴任中だった太っちゃんのアパートに行く(妻の井口は脳溢血で倒れた母親の看病のため、福岡に滞在)。
彼からもらった星型ドライバーをつかい、パソコンを解体し、ハードディスクを取り出し、破壊する。
役目は果たした。
涙を落とす及川。
ハードディスクを壊したことで、彼が死んでしまったことを再認識した。

後日、先輩の副島と共に、妻である井口のもとを訪ねる及川。
そこで井口に遺品である太っちゃんが使っていたノートを見せられる。
そこには彼のポエムが書かれていた。
「俺は沖で待つ
小さな船でおまえがやって来るのを
俺は大船だ
なにもこわくないぞ」
「沖で待つ」という表現が妙に心に残った及川。

埼玉に戻っても彼女の生活は変わらなかった。
また彼女に転勤の辞令が出る。
しかし及川はショックを受けたり、メランコリックになったりすることはなかった。

ラストは幽霊となった太っちゃんとの会話に引き戻される。
幽霊となった太っちゃんはなぜか及川のハードディスクの内容を知っていた。
「お前、観察日記なんかやめた方がいいぜ」
及川は向かいのマンションの住人の部屋を覗くことを習慣にしていて、その様子を日記にしたためていた。
「盗聴器はさすがにまずいよお前」
太っちゃんは何でも知っていた。
太っちゃんのことが懐かしくてたまらなくなる及川。
「同期って不思議だよね、いつ会っても楽しいじゃん」と及川。
「俺もだよ」
「覚えてる?初めて福岡に行った時のこと」
「おう、覚えてるよ」
それ以上会話は必要なかった。
彼らの中にはあの日の福岡の景色が浮かんでくる。
あの日感じた不安感が彼らの原点で、それは他の誰にも理解されなくてもいいのだ。
ただ私と太っちゃんだけが持っていればいい思い出。
「太っちゃん、死んでからまた太ったんじゃない?」
そう言うと太っちゃんは笑った。

感想

ですます調の文体。
新卒で住宅設備機器メーカーに入った女性と同期の太っちゃんと呼ばれる男性との友情が描かれる。
随所に住宅設備機器の用語が散りばめられる。
恋愛を介しない男女の交流が描かれ、彼との関係が主題に置かれながらも、新入社員の奮闘が描かれる。
特に感情移入はできなかったが、小説としては良くできてるし、長くもないのでさらっと読める。
さらっと読めるが故に、あまり心に残らないとも言えるかもしれない。
小説としての出来はいいが、おもしろさとしては「可もなく不可もなく」、という印象を受けた。